心の移ろいを鉛筆でスケッチしてみる、そこから絵の具で色付けしてゆく、或いはその逆で最初にある色彩から輪郭を抜き出してゆく場合もあるかもしれない。
今日のみことば、司祭の講話、皆さんとの分かち合いの中で私は何を感じとることができただろうか、聖書を読むことの大切さ、その感じ取り、自分を見つめ直すことができたのか、共同体で自分に課せられた役目とは、主は私をどこへ導かれようとされるのか、様々な思いが交錯する。
朝、目覚めた時から始まり、教会への道程、講話、黙想、分かち合い、ミサとその一日の流れのなかで閉じこもりがちな自己が以前よりも徐々に開いてくる。それは小さなことかもしれませんが、少しでも前へと進む糧となります。
ほんとに、担当司祭、シスター、ファシリテーター、分かち合いに参加される皆さんには感謝しかありません。
黙想会をどのように構築してゆくのか、シスター方の指導を賜りながら、また参加されてる方の声も聞きつつ、日々模索しながら形作っています。
谷司教は著書「都に上がる歌」の中で以下のように述べておられます
〜個人の意思や努力では回復することのできない罪の赦し、贖いは主のもとにしかない。また、個人の意思や努力で深い淵の底から抜け出すこともできない、救いは主にしかない。〜
那覇教区一日黙想会、今年度はまだ継続中です。9月、10月、12月、年明けは1月、2月、3月の各第二土曜日、聖クララ修道院にて。

祈りのうちに・・・ 与那原教会 佐藤芳樹